#7 鈴木邦夫さん(元炭焼き業、石巻市)にお話を聞く

「今言ってることは全部教わったことではないんだよ。人のやってる仕事盗んで覚えたんだよなんぼも。溶接なんか人やってるの見て覚えて」


石巻市雄勝でかつて炭焼きに従事されていた鈴木邦夫さん。集落で借りる国有林に、共同で炭窯を作り、雑木山から伐った木を運び、炭を作ったそうです。道路がまだ通っていない時代、炭は浜から船を出して運送しました。炭焼き用にクヌギやナラを伐った後、集落で植林をした記憶は、共同体の中で異なる世代の住民にも共有されています。

話し手:鈴木邦夫さん(以下邦夫)、鈴木はる子さん(邦夫さんの妻、以下はる子) 
聞き手:建築ダウナーズ(菊池、千葉、吉川)

◯当時の山仕事の話 

千葉:炭焼きは1年間通してやるっていうよりも冬にやるみたいな感じだったんですか?

邦夫:冬、20歳くらいまでやったのかね。

はる子:ずいぶん苦労したんでね?この時代は、90代の人は。

菊池:そうですよね。

邦夫:兄弟も多かったから。

はる子:10人兄弟の長男。その上にはお姉さん2人いだったの。

菊池:炭焼きをやってたのは戦争が終わった後ですよね?

邦夫:終わった後。戦争が終わったのは今の中学1年生。それで学校さ行かなくなっちまったもんだから。

菊池:学校に行かないで働いてたんですか?

邦夫:うん、おらいの時は高等科って言ったんだけど。んで6年生で卒業して、高等科さ…8月終戦だっちゃ?4月に入学して4ヶ月くらいしか行かなかった高等科は。

はる子:その時代は行っても行かなくてもいいような時代だったからね。

邦夫:その頃はまだ石山さ行かねえで炭焼きとかいろんな仕事してね。

菊池:そのとき波板では石切はやってましたか?

邦夫:やってたやってた。

はる子:やってたよー…それ終わってから出稼ぎだべね。

菊池:邦夫さんは石切もやってたんですか?

邦夫:やってた、20歳前に。

菊池:石切場で働いてもいたんですか?

邦夫:うん、ここの山でね。自分でやったんでねくて雇われてやってたわけね。

千葉:炭を作る仕事も雇われてたんですか?

邦夫:いやそれは自分でやって、国有林を分けてもらって森林に入って、炭窯を作って、炭窯は共同で作ったりもやったけどあとは自分1人で作って。作るときは皆して応援して。

はる子:応援したんだっちゃ。そっちさ終わればそっち、こっちさ終わればこっちって。

邦夫:今日はこっち、明日はあっちって。

菊池:なるほどー誰の釜作ってとか。

はる子:こっち行くとかね。

菊池:集落で炭焼きやってた方は何人くらいいましたか?

邦夫:半分くらいはやってたから…。

千葉:半分!?

はる子:30軒くらいあったのわたし嫁に来た時。

一同:へえ〜。

菊池:炭焼きをやってた時は炭焼きで生計を立てられたんですか?

邦夫:そうそう。ここの山昔は雑木山だったんだから。 今は杉山だけど。

はる子:松・杉だけっども雑木山だったから。

邦夫:炭やってた頃はほとんど雑木。国有林を払い下げて個人で境立てて、そして伐って杉植えて。

菊池:邦夫さんは木を伐ってたりもしたんですか?

邦夫:うんやりましたよ。

はる子:今みたくチェーンソーじゃないもの。

菊池:早さが違いますよね。

はる子:早さもだけっど力が違うっちゃ?ほいつ帰って来て明日は明日ってこうやって伐ってやんだよ。

邦夫:14、15のときから働いてとにかく。杉の皮をとったり、親父に連れて歩ってもらって。

菊池:お父さんは杉の木を伐ってたりしたんですか?

邦夫:うちの親父は何でもやってっから。

はる子:石積みからなんでもやった。皆似てんだべな、皆器用なんだよ。

菊池:邦夫さん器用ですよね。

はる子:皆器用だ。渡波にいる人もまあ器用でこういうの(邦夫さんが昔作った細工)なんかびっと作んだよ。ベットなんかも作ってね。


◯旧石切場の石積みと雑木

吉川:邦夫さんが木を伐ったりとか炭を作ったりとかもお父さんに教わったんですか?

邦夫:見よう見まねで覚えた。

菊池:そうですよね。

邦夫:今言ってることは全部教わったことではないんだよ。人のやってる仕事盗んで覚えたんだよなんぼも。溶接なんか人やってるの見て覚えて。

吉川:すごいですよねそれ。

はる子:なーに帰って来てセンターでタルなんか作ったりさ、カゴ作ったり。

千葉:作ってましたよね。

邦夫:今なんもやんね。

はる子:んだでも、この前なんぼか作ってデイサービスさ持ってったんだよ。やっぱほら、今は手もあんま動かねえっていうか…。

千葉:邦夫さんて木伐って自分で運んだりもしてたんですか?

邦夫:うん運んでた。

千葉:丸太のまま運んでたんですか?

邦夫:丸太のままでねく、30cmとか40cmとか細かく切って。

千葉:炭焼き用にっていうことですね。

邦夫:うん。切って山から運んだわけよ。

菊池:山から運んでくる木はどんな木が多かったですか?

邦夫:ナラの木とか桜とか。いろんな木の種類あって、言ったって数え切れねえから(笑)。

菊池:なんでも雑木山に生えてる。

はる子:それこそクヌギとかね。

邦夫:クヌギ、炭にいいのはクヌギとかナラとか。

はる子:その2種類が1番なんでね。あと桜とかほいなのは炭にしないっちゃ。今は杉とか松ばっかだけど前はナラとかほいなのばりやったんだべよ。

吉川:邦夫さんは木を植えることもしたんですか?

邦夫:植林?植林もやりましたよ。

はる子:おらいもやったもの、嫁に来てから。おじいさんら出稼ぎに行ってた時やったよ。

吉川:へえ〜。

はる子:ほら鎌で草刈ったり。

菊池:あー下草刈って。

はる子:うん〜下草行ったな〜。子供2人ほら女の子ばりね。あとほら実家が雄勝だったからそこさ頼んで。1軒から1人ずつでねでねけねんだもん。

吉川:ああそっか。

邦夫:だからほら雑木を伐って、杉松を植えたわけよ。


◯波板の杉林

千葉:なんか波板の他の人も小学生の時植林したって言ってました。国有地に植林したって言ってましたね。邦夫さんは作った炭って売ってたんですか?

邦夫:昔?売ってた、販売。

千葉:販売してたんですね。それって船で運んでたんですか?

邦夫:昔は道路無かったから船。

千葉:石と一緒に運んでたんですか?

邦夫:なんじょうだったかな、あの炭俵ってやつにとにかく入れて、それは女の人たちばあさんとか。

菊池:何で作るんですか?

はる子:茅でこうやってね。

邦夫:ススキを枯らして。

はる子:枯らしてね、うちにもあったんだよね。穴空いててそいつを縄で縫うの。3箇所だったかな。私も真似して編んだことあったな。

千葉:へえ〜。

菊池:炭をたばねるための?

はる子:入れんの。そいつをぐるっとね、あと底は底で作って。あとはこうやって、売り方もみんなやったんだよ?うちでは娘たちはそいなのはやんなかったべさ。

邦夫:おらの年代までで終わりだ。石山も炭焼きも。おらより下はやった人はやったけどもあんまやらなかった。

千葉:丸太の皮をむく時ってどういう道具使ってたんですか。

邦夫:普通の鉈でねくて、皮剥き鎌って言って。

千葉:皮を剥く用の道具はあったんですね。

邦夫:よく作ったもんだ。刺してぐっと回してくるとよく剥けるんだ皮。

菊池:2尺なら2尺の幅で切れ目を入れて。

邦夫:真ん中さ切れ目入れて。

吉川:切り込みいれて剥くんですね。

邦夫:杉の皮なんか6月7月になるとよく剥けるからさ。

千葉:夏場の方が剥きやすいってね。

邦夫:夏場の方が水出るから。

千葉:夏場の方が水含んでて剥きやすいんですよね?

邦夫:うん、冬になるとくっつくから。ただ夏場は暑いから。

菊池:夏も木を伐ってたんですか?

邦夫:ああ。

千葉:炭を焼くのは冬にするけど、夏に伐って皮むいて乾かすっていうことですか?

邦夫:炭にするのは皮を剥かねくたって構わねえから。杉の木は皮むくけど。今機械でばーって剥くけど。おらの時代は手仕事だから。今なんか伐採して機械で運んでやっけども。

吉川:剥いた木の皮も何かに使ってましたか?

邦夫:皮むいたのは屋根に使ってた。

吉川:屋根なんだ。

菊池:そのクヌギとかナラはどのくらいの太さなんですか?

邦夫:太さは、太いので30cm。30cmって言ったら結構太いからね。

菊池:結構太いですよね。それは炭焼きする時割るんですか?

(センター前の炭焼き釜で用いた広葉樹)

邦夫:割るの。重いとひどいから、炭焼きは狭いとこでするからね。

菊池:割るのは山で割るんですか?

邦夫:割るのは山でねく下さ持ってきて釜の近くの良い場所で。

はる子:ソリで積んでくんでねえの、ほいなとこに。ここは女の人もやったんだってよ。

一同:えええ。

はる子:私よりも1個下の人、男勝りにねほんっとに働いたってよ。

菊池:へえ〜。

はる子:ほら親たちに連れてかれて。だってほらうんと体格良い人だったんだってよ。うんと働いたんだって。

邦夫:1週間山の中さいた。

千葉:炭焼きの時に火を見るために?

邦夫:木伐って釜さ入れて炭になるまで1週間。

菊池:なんか火をつけたら蓋をするんですよね。

邦夫:蓋して、空気穴開けてそれで1週間。炭になるまで。

菊池:炭焼き釜はどこらへんにあったんですか?山の中ですか?

邦夫:山の中って言えば山の中だけど、まあ道路のいいとこまで。道の近くに。

菊池:釜はいろんなところにあったんですか?それとも1箇所にまとまってたんですか?

邦夫:1箇所に3つ4つあったと思う。あと1つ2つくらいあったと思う。場所によって違う。

千葉:点在しつつまとまってるっていう感じなんですか?

邦夫:まとまってる。ほとんどまとまってやったんだけど、場所の悪いとこさ行くとそれはできないから1つ2つ。ちょっと離れればまたあって。

菊池:じゃあ釜がいっぱいあったんだ。邦夫さんは邦夫さん個人の釜があったんですか?

邦夫:個人の釜って、まあほとんど共同でやって、共同でやったようなもんだね。

菊池:誰かの手伝ったり、この日は別な誰かの手伝ったりっていうことですよね。

邦夫:今月は今月で2つとか3つ焼いて、来月は別な釜焼いたりして。そういうふうにしてやってた。

菊池:木を伐る時とかに、どういう風に注意してというか、木を全部伐らないようにとか、なんか決まりはあったんですか?

邦夫:別になかったね。だめだ忘れてしまって。

千葉:すごい覚えてる気がしますけどね。

吉川:うん

はる子:まだまだあんでね。人生90何年だっちゃ?10歳ぐらいで皆んな働いたんだべよ。学校さ行かないっつうもの。6年生さ行かなかっだっつうもの。

邦夫:なんぼも行かね。

千葉:邦夫さんが炭焼きで山の中に入るときに使ってた道って今も残ってるんですか?

邦夫 残ってたってー。

はる子:ダメだっちゃ茂ってるっちゃ。

千葉:邦夫さんは山に入るとき古い石切場の方の道から入って行ってたんですか?

はる子:ああそこの?

千葉:うん。向かって左っちゅうか。

はる子:少し行くと道路あるっちゃ、あっちのほうではないね。別な道だよ。

菊池:あそこでは炭焼きの木は伐ってなかったんですか?

邦夫:昔は沢んとこさみな道路あったから。

はる子:昔は沢がうんとあったから。

千葉:なるほど沢の横に道があったっていうことですね。

菊池:沢沿いにっていうことですね。そこから木を運んでたんですね。

邦夫:うん。ソリで。

菊池:ソリはどんなそりだったかおぼえてますか?

邦夫:ソリはナラの木で。んで3cmくらいの厚みに挽いて。それであと。

はる子:こういう風になってるこういうふうに。

千葉:結構ちゃんとしたソリですね。

邦夫:山で道ある場所までソリでそっから浜まで荷車。浜には大っきなトロッコあってそっから船。

菊池:それはスレートですか?

邦夫:うん。雄勝の町さ船で持ってったんだべさ。

はる子:その頃売れたんだってよー。

邦夫:炭で生計立ててたんだから。

はる子:そのときガスとかほいなのなかったっちゃ昔。炭はうんとブームだったんだっちゃ。

千葉:結構良い値段になったんですね。

菊池:お風呂炊くのでもご飯作るのでもなんでも必要でしたか?

はる子:私来たときはね、こういう釜っていうかさタイルでこんなんして、竈(くど)だべな。ほで木でご飯炊いてたんだよ。

千葉:炭ではなくてですか?

はる子:そう。だから杉端って杉の板、枯れてる。それこそマッチで火つけて。それで炊いてたんだよー。んだから昔は今みたいにガスとかほいなのではないから金かかんないんだね。金はかかんないよ。

菊池:山でとれますもんね。

はる子:うん、ここはね。あと他の部落は炭で使わなきゃいけないから炭作ったのよ。

千葉:雄勝で炭作ってたのは波板だけですか?

邦夫:いやあるけど波板みたいに多くはなかった。

菊池:波板が多かったですか?

はる子:山があるからなー。クヌギとかナラの木、キノコ栽培してたって。

邦夫:雄勝町でここは炭が多かった、ハラも多かった。

菊池:国有林を払い下げたって仰ってたじゃないですか、炭焼きで。国有林は集落で借りてたのをさらに分けてたんですか?

邦夫:こっからここは今年、こっからここは来年って。

菊池:じゃあ山の場所を変えて、今年はここで木を伐って、次の年はこっちで木を伐ってっていうことなんですね。

邦夫:そうそう。

菊池:山がこうあるとしたら縦に分けるんですか?

邦夫:そうそう。

菊池:さらに邦夫さんの場所ってあるんですか?

邦夫:小さく区切って。

千葉:山分け。

菊池:炭焼きのために雑木山の木を伐ってた話なんですけど、それがなんでいつから杉とか松つの山になったかっていうのは、雑木山の木を全部伐って杉を植えたんですか?

邦夫:営林署の計画でね。

菊池:営林署の計画で全部杉山に。

邦夫:松、杉を植林した。

菊池:政策で、それではる子さんとかお嫁さんとかもみんな。

はる子:随分前からやってたんだってよ。

菊池:炭焼きの釜を作る材料は土で作ってましたか?

邦夫:石も使ってた。あと粘土、赤土の粘土。

菊池:粘土もここにあるものを使ってましたか?

はる子:ここにあるもの。

千葉:センターの前に作ってたやつとほとんど同じですか?

はる子:同じ同じ。

菊池:石組んで?

はる子:そうそう。 ああいう風にして炭焼くんだっちゃなー。

千葉:でも昔使ってた釜ってあれよりも大きかったですか?

はる子:大きかったっちゃー。

千葉:仕事で使ってた釜ってどのくらいの大きさなんですか?

邦夫:幅1間(約1.8m)…。

はる子:1間かや、1間半くらいでねえかやー。

千葉:奥行きはどのくらいですか?

はる子:奥行き、なんぼっすかや。こう木立てて入れるからや。して冷めてからしか入れねえから。だから1回見さ行くんだなや。

千葉:煙の色とかね。

はる子:そうそう。煙の色が薄色になるんだなや。モクモクなってたらまだ燃えてんださ。誰が発明したんだかなあいな炭釜なんて。

菊池:そうですよね。

はる子:ほいで焼いてだっちゃ?それで炭になるって誰が最初見つけたんだべと思って。私もそう思うよ。

菊池:波板で炭焼き始めたのっていつなんですかね。

千葉:邦夫さんが子供だった頃にはもう炭焼きも石切も皆やってましたか?

邦夫:んだ、それで皆んな生計立ててたからね。んだから学校辞めて働き始まってから、もういま90だから70年…その代わり出稼ぎは20年くらいやったのかなあ。

(2023年、石巻市雄勝町波板集落の邦夫さんのご自宅にて行ったインタビューから抜粋したものです)